自宅

平成30年7月6日に民法の相続法の分野で法律の一部を改正することが決定しました。内容としては

  1. 配偶者居住権の新設( 2020年4月1日 以降に開始した相続)
  2. 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の 贈与等に関する優遇措置 ( 2020年7月1日以降 )
  3. 預貯金の仮払い制度の創設 ( 2019年7月1日から施行 )
  4. 自筆証書遺言の方式緩和 ( 2019年7月1日から施行 )
  5. 法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設について ( 2020年7月10日から法務局で開始)
  6. 遺留分制度の見直し ( 2019年7月1日から施行 )
  7. 特別の寄与の制度の創設 ( 2019年7月1日から施行 )

民法の法改正なんて私たちに何の関係があるの?と疑問に思う方もいるはずです。日常生活を送る上で特に気にする必要はないですが、相続の際にはとても重要になる改正です。

知らなかったでは済まされないことも考えられます。そこでどのような法改正があったのか、まずは配偶者居住権からご説明します。

配偶者居住権の制度内容

相続の発生前から住んでいる自宅につき、相続時に配偶者が自宅の権利を相続しなかったとしても終身又は一定期間その自宅の使用を認める制度です。

改正に至った現行の制度とは

現行の制度では現在住んでいる不動産を配偶者が相続することで住む場所は確保できるが生活費が不足になるという事態が考えられます。

例えば、被相続人の相続財産が5,000万円(預貯金が2,500万円、不動産が2,500万円)だとします。相続人は配偶者と子供1人の場合、相続割合は2分の1ずつなので配偶者と子供それぞれ2,500万円を相続することができます。

相続人1人につき、2,500万円が相続分になりますので、配偶者が住居を相続してしまうと相続できるものは不動産のみで預貯金を相続することはできません。そうなると、残された配偶者は今後、生活費が不足してしまうことが考えられます。

相続図

生活費が不足してしまうと、最悪の場合、自宅の売却も考えなければなりません。思い出の詰まった自宅だけは売却したくない、住み慣れた場所から移動したくないなど残された配偶者の生活が一変してしまうことになります。

配偶者居住権が導入されたらどうなるのか?

配偶者居住権が導入された場合、上記のように住居を相続してしまうと他の財産を相続できなくなってしまう事態を避けることが可能になります。

住居の所有権を取得するのではなく、住居に住み続ける権利を取得することになります。

配偶者居住権 図

配偶者居住権を利用することによって、自宅に住む権利を取得でき、かつ、今後の生活資金も確保できるので、安心して生活を送ることができます。

配偶者居住権を利用するには

配偶者居住権を利用するにはいくつか条件があります。

  • 相続開始時にその住居に住んでいること(被相続人所有の不動産)
  • 配偶者居住権について遺言書が残されていること又は遺産分割協議で決められること

いつから施行されるのか

配偶者居住権は2020年4月1日から発生した相続について適用されることになります。

配偶者居住権のまとめ

今までの制度では、相続の発生によって財産分与を行う上で、「自宅を追い出された、自宅を売却することになった」など、配偶者にとって理不尽な事態が起こることもありました。配偶者居住権の創設によって、一定の条件を満たすことで不動産の所有者でなくても、今まで住んでいた自宅に住み続ける権利を取得することができるようになりました。

今後、自宅の所有権は他の相続人に与えて、自宅に住む権利(配偶者居住権)だけを相続することで今までできなかった柔軟な相続ができるようになります。

婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の 贈与等に関する優遇措置

題名が長いので見づらいですが、こちらの内容をわかりやすく説明するには、「特別受益」と「持ち戻し免除の意思表示」についてまずはご説明します。

特別受益とは

特別受益とは相続人が被相続人から生前に「住宅資金購入のための援助」「結婚支度金の援助」「事業を始める際の援助金」など被相続人から特別な援助を受けている場合をいいます。

特別受益を受けている相続人がいる一方、何も受けていない相続人がいる場合、このまま法定相続分で遺産を分割してしまうと相続人間で不公平が生じてしまいます。

不公平が生じてしまわないように民法では法定相続分の計算の際には、相続人が受けた特別受益の額を相続財産に戻して計算することになります。

遺産が5000万円で相続人が配偶者・長男・長女3人の場合で配偶者が生前1000万円の特別受益を得ていた場合を図にしたものが以下の通りです。

特別受益

配偶者は生前に特別受益として1000万円を受けているので、相続時に相続できる遺産は1500万円となります。

特別受益を受けていなければ、遺産の合計5000万円の二分の一、2500万円を受け取ることになります。

結果として、生前に特別受益を受けていても、受けていなくても相続額が変わらないことになります。

持ち戻し免除の意思表示

上記で紹介した「特別受益」を受けた相続人がいる場合は相続財産に特別受益の金額を合算して相続財産を計算します。これを「持ち戻し」といいます。

持ち戻し免除の意思表示は「被相続人が持ち戻しはしなくて良い」と意思を表示した場合は生前の贈与・遺贈した財産を相続財産の計算時に特別受益として計算しなくても良いことになります。これを持ち戻し免除の意思表示と言います。

持ち戻し免除の意思表示 をすると、贈与を受けている相続人はより多くの財産を相続することができます。

ここで問題になってくるのが、夫婦間での贈与です。例えば、夫が生前に妻に対して、自宅を贈与しても「持ち戻し免除の意思表示」をしていないと相続発生時に「特別受益」とみなされ相続財産が計算されることになります。

結果、妻が相続できる財産が少なくなってしまうことになります。

夫は自分が先に亡くなることを踏まえて、少しでも多く妻に財産を残したいとの思いで贈与をしたのに特別受益と見なされるのはどうかと言うことで見直されることになりました。

居住用不動産の 贈与等に関する優遇措置の条件

  • 婚姻期間が20年以上である配偶者の一方が他方に対して行う遺贈又は贈与
  • 居住用の建物又はその敷地

以上に該当する行為については、持ち戻しの意思表示があったものとして扱われます。

いつから施行されるのか

婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の 贈与等に関する優遇措置 はいつから施行されるのかというと、2020年7月1日以降となっています。

夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置のまとめ

長期間婚姻している夫婦であれば、相手のことを思って生前に不動産だけでも贈与しておこうと考える方も多いはずです。

いざ、相続が始まって特別受益だの持ち戻し計算だの、結果的に生前に贈与してもしなくても同じ結果になってしまう、そんなことを回避できるのがこの制度が導入されたきっかけです。

残された配偶者がより多くの財産を取得できることになるため、2019年7月以降は「生前に居住用不動産を贈与しておこう」このような考えが増えることになると思います。

ただし問題点として遺留分の計算をする際は、これまでどおり、生前贈与の金額は遺産に持ち戻して計算する必要があるので、他の相続人の遺留分を侵害してしまうケースも考えられます。

預貯金の仮払い制度の創設

相続の発生によって相続人が困ってしまう問題として被相続人の預貯金が凍結されて自由に引き出せないという場面です。

これは、銀行側としては遺産分割協議が終わるまでは被相続人のお金が勝手に引き出されないように保護しているためです。

相続人の立場から言えば、今後の生活費や葬儀の費用などを被相続人の口座から捻出しようと思っていたのにと困ってしまうこともあります。

そこで、創設されたのが預貯金の仮払い制度です。

内容としては、相続人全員の同意がなくても遺産分割協議前に被相続人の預貯金の払い戻しを受けることができます。払い戻しの方法は2つあって、(1) 金融機関の窓口で請求する。 (2) 家庭裁判所の仮分割の仮処分(緩和)を利用する 。この2つが設けられました。

金融機関の窓口で請求できるなら、わざわざ家庭裁判所の手続きを選ぶことなんてあるの?と考えてしまいますが(1)と(2)には異なる点があります。

金融機関の窓口で請求する場合

金融機関の窓口で預貯金の仮払いを利用する場合、払戻額に上限があります。金融機関ごとに決められていますが、引き出せる額の上限は150万円までとなっています。

請求するには?

金融機関で預貯金の仮払いをするには、被相続人との関係が確認できる戸籍謄本等を用意して、自分が相続人であることを証明します。

払戻の金額は預貯金額×1/3×法定相続分

払戻しの上限は最高150万円(金融機関で異なる)までですが、法定相続分が150万円に満たない場合には、その金額が上限になります。

例えば、被相続人の預貯金額が600万円で相続人が長男と長女の2人の場合は払戻し金額は以下のとおりとなります。

仮払い 図

それぞれ、相続人が単独で100万円まで払戻しを受けることができます。被相続人がお持ちの各金融機関で払戻しを受けることができるので3つの金融機関にそれぞれ600万円預貯金があれば各金融機関で100万円、合計300万円まで払戻しを受けることができます。

家庭裁判所で仮分割の仮処分をする場合

家庭裁判所の手続きを利用する場合には、払戻額に上限はなく他の共同相続人の利益を害さない限り仮払いが認められます。

手続きには手間と時間を要するため、家庭裁判所の仮処分を選択する場面は少ないかと思います。

いつから施行されるのか

2019年7月1日から施行が開始されています。(1) 金融機関の窓口で請求 (2) 家庭裁判所の仮分割の仮処分(緩和)

この制度は、2019年7月1日以前に開始された相続にも適用されます。

預貯金の仮払い制度のまとめ

相続人全員の同意がなくても一定の預貯金を引き出すことが可能になったことは、相続人からすれば大変助かる制度です。相続人に連絡が取れない、相続人同士の仲が悪いなどの理由で遺産分割協議が長期になることも稀ではありません。

払戻しの上限については、 各金融機関の窓口でご確認下さい。

自筆証書遺言の保管制度の創設

自筆証書遺言書を作る方は「形式要件を守る」これに気を使って作っています。

形式要件を欠く遺言書は無効になってしまうので、気をつけるのは当たり前のことですが、無効にならない遺言書を作ることに気をつけて、その後の「保管場所」のことをまで考えている方は少ないです。

保管場所によっては相続人に見つけられなかったり、誤って廃棄されることもあります。

そんな保管リスクがなくなる自筆遺言書の保管制度が創設されたのでご紹介します。

法務局に遺言書を保管できるようになる

今までは自筆証書遺言書を自宅で保管する以外の方法といえば、金融機関の貸金庫を利用するなど、少し現実的ではない方法しかありませんでした。

自宅で保管すると紛失や盗難のリスク、悪意のある人が相続内容を偽造・変造するリスクもあります。

2020年7月10日から各地にある法務局にて自筆証書遺言書を保管できる制度が創設されました。

この保管制度を利用すれば、紛失リスクや偽造などのリスクがなくなり、今よりずっと安全に自筆証書遺言を作成することができるようになります。

自宅保管と法務局での遺言書の保管

法務局での自筆証書遺言書保管制度の利点は

法務局での遺言書の保管にはいくつか利点があります。

  • 形式要件の確認を行う
  • 紛失・盗難の恐れがなくなる
  • 偽造・変造の恐れがなくなる
  • 検認手続きが不要になる

法務局で遺言書の保管申請を行う場合、法務局へ保管を行う遺言書を提出して、職員が自筆証書遺言書の形式要件を確認した上で保管を行います。

その際に有効か無効(遺言の内容については確認はしない)な遺言書か判断してもらえるので、無効な遺言書を作成してしまうことはなくなるでしょう。

保管については、考えられるのは自宅のどこかに保管していたけど、遺言書がどこかへいった、仲の悪い相続人に遺言書が偽造されないか心配、このような不安を持つ方もいます。

法務局に遺言書を保管することでこのような心配はなくなります。

また、遺言書の原本は法務局で保管して、遺言書の画像データ化も行います。

法務局遺言書保管申請

法務局で保管されている遺言書を確認できる

遺言者が保管申請した遺言書は遺言者が存命のうちは遺言者本人が遺言書の閲覧の請求、遺言書の保管の撤回を行うことができます。

また、遺言者が亡くなった後は遺言者の相続人、受遺者等は「 遺言書保管事実証明書の交付請求」、「遺言書情報証明書の交付請求」「遺言書の閲覧請求」を行うことができます。

検認の手続きが不要

自筆証書遺言は通常、家庭裁判所の検認手続きを経なければ、その遺言書を使って各所での手続きを行うことができません。

しかし、法務局での保管制度を利用した遺言書は家庭裁判所での検認手続きを行うことなく各所での手続きが可能です。

いつから施行されるの?

法務局での遺言書の保管制度は2020年7月10日からとなっています。

保管制度の利用についての注意点

この制度を利用して法務局に遺言書を保管するにはいくつか注意点があるのでおさらいしておきます。

  • 保管の申請を行えるのは遺言者本人
  • 保管の対象になる遺言書は自筆証書遺言書のみ
  • 申請場所は1・遺言者の住所地もしくは本籍地の法務局 2・遺言者の所有する不動産の所在地の法務局
  • 遺言書が保管されていても相続人に通知はされない
  • 保管にあたり手数料がかかる

この制度は代理人などを通じて保管の申請はできません。他にも注意する点は遺言書が保管されていても、遺言者が亡くなった後に「遺言書が保管されてますよ」という通知はないので、遺言書の存在に気づかず遺産分割協議が行われてしまう可能性もあります。

なので、遺言者は法務局に遺言書を保管していることを相続人に知らせておくか、もしくはエンディングノートなどに書き記しておくことをおすすめします。

また、相続人は被相続人が自筆証書遺言書を法務局へ保管していないか確認を取ることをおすすめします。

遺言書保管制度のまとめ

形式不備の確認や紛失・偽造などのリスクを無くせて、検認手続きまで不要になるので、これから遺言書を作成する人にはプラスの面が大きいです。

紛失や偽造などのことを考えると安全性の高い、公正証書遺言書ですが、作成費用のことや作成当日に証人になる2人に遺言の内容を聞かれてしまうのがネックになってしまうので、遺言書の作成を思いとどまっていた人も中にはいらっしゃると思います。

自筆証書遺言書の保管制度は公正証書でネックになる部分「作成費用」と「他人に遺言内容を聞かれてしまう」この2つがないと言えます。保管には多少の手数料は発生しますが、証人の必要はありません。

今現在の時点では(令和1年12月11日)開始前なので今後、手数料などの発表があります。また新しい情報が入り次第、情報の更新をいたします。

自筆証書遺言書の方式緩和

自筆証書の方式緩和については、別に記載していますのでそちらをご覧下さい。

自筆証書遺言書の作成が簡単になった

遺留分制度の見直し

遺留分?聞いたことあるけど…何が変わったの?そんな方のために一から説明致します。

遺留分とは

一定の範囲の法定相続人が最低限受け取ることのできる遺産の権利ことを遺留分といいます。遺留分を請求できる一定範囲の相続人は兄弟姉妹以外の法定相続人です。

改正前の問題点

改正前の問題点は遺留分侵害額は原則、現物での返還を求める権利で遺留分を侵害された相続人側から金銭での返還を求めるとはできませんでした。

遺留分画像

長男が侵害している遺留分額を不動産で支払った場合、不動産が複雑な共有状態になり、長女が金銭での支払いを希望している場合には、長女の希望が叶うことはありません。

改正点は

遺留分を侵害された相続人は遺贈や贈与を受けた者に対して遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるようになります。また、遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害者が金銭を直ちに準備できない場合は裁判所に対して支払期限の猶予を求めることができるようになります。

いつから施行されるの?

遺留分の制度の見直しは2019年7月1日から施行が始まっています。

特別の寄与の制度創設

相続の場面で頻繁に問題になるのが被相続人のために介護に尽力した法定相続人以外の者の存在です。例えば、長男の妻が義理の父や母のために介護に尽くしても相続財産を受け取ることはできません。

一方、相続人は介護や看護を行わなかった場合でも、相続財産を受け取ることができるため、被相続人のために尽力した、親族に対して不公平がありました。

相続人以外の者の貢献

法改正によって、相続人以外の親族が被相続人のため介護等を無償でしたことにより、被相続人の財産の維持や増加があった場合には、相続人に対して特別の寄与として、金銭を請求することができるようになりました。

寄与分 改正前図
寄与分改正後

特別の寄与者に該当するための条件

特別の寄与者に該当する条件は以下の3つです。

  • 被相続人に対する療養看護の提供をしたこと
  • 被相続人の財産が維持または増加したこと
  • 被相続人の親族であること

療養看護の提供とは

療養看護の提供は、被相続人に対して介護や看護の提供を無償で行っている場合です。報酬をもらっている場合は該当しません。

被相続人の財産が維持または増加したこと

療養看護を無償で提供すると、介護施設への入所やサービスの利用をしなくても済みます。そのことによって、出費を無くせるので財産の維持に該当します。

被相続人の親族(相続人以外の者)であること

親族とは、6親等内の血族、3親等以内の姻族です。血族とは両親・兄弟姉妹など血のつながりのある家族といえばわかりやすいと思います。姻族は婚姻によって家族となった、配偶者や配偶者の両親などです。

いつから施行されるのか?

特別の寄与分については2019年7月1日からスタートしています。2019年7月1日以降に開始した相続であれば、特別の寄与にあたれば寄与分を請求することができます。

相続法改正のまとめ

相続法の改正によって、今まで不都合だった自筆証書遺言の財産の記載や自筆証書遺言書の保管制度によって遺言書の作成がもっと身近になってくると思います。

他にも、配偶者にとってメリットのある配偶者居住権の創設、預貯金の仮払制度など見直されるべきところがやっと見直されたと実感しています。

特別の寄与の制度にしても、7人に1人が75歳以上の日本では、今後、介護の問題が増えてきます。そうした中、今まで認められなかった、相続人以外の親族にも、金銭の保障が行われることは介護を提供する親族の不公平が軽減されることになります。

今後、改正点の良いところ、悪いところも見えてくると思いますので、改めて更新していきたいと思います。